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2018年7月 7日

死刑の是非

現在、死刑の是非が社会的に話題になっているので、現時点の私の考えを記しておく。

私は、どちらかと言うと死刑肯定派である。ただし、もし日本に終身刑が導入されるのであれば、死刑の代わりに終身刑を適用することができるようにしてもよいと思う。

自分が被害者やその家族であったとして、加害者が (現行法では) 死刑に値する犯罪を犯したのだとしても、その加害者が被害者の苦痛にある程度近い苦痛を受け、また2度と社会に出てこないのであれば、死刑の代わりに終身刑になっとしても納得するだろう。

ただ、本来なら死刑になるところを終身刑にするのだから、その加害者を生かしておく費用に公的な金 (税金) が使われることは許せない。これは、自分が被害者やその家族でなくても、自分が払った税金が使われるだけで「許せない」と感じている。

具体的には、以下の支出について公的な金が用いられないのであれば (誰かが負担するのであれば)、本来死刑になる加害者がその期間だけ生きながらえても構わない、と考える。

  • 刑務所近辺の不動産賃借料相場に見合った家賃
  • 刑務所維持のための人件費 (のうち該当者相当分)
  • 医療費
  • 民事における損害賠償額 (確定判決や調停調書がある場合はその金額、ない場合は原告の請求額) の利息分

その支出額は、加害者が刑務所内作業で稼いでもよいし、支援者を見つけて負担してもらってもよい。また、「死刑反対」を主張する (全ての死刑囚を救おうとする) 人たちのために、死刑囚生存基金のような財団を作って、死刑に反対する人たちからお金を集め、全国の死刑囚に分配する仕組みがあるとよりよいのではないかと思う。

私は、死刑の犯罪抑止力というものにはあまり期待していない。死刑は、被害者やその家族の感情を鎮めるために存在していると考えている。死刑囚が2度と社会に出てこないなら、そしてその費用が公的な金から支払われないなら、「これ以上社会に迷惑をかけない形が確保できたので、生きながらえさせても構いませんか?」と説得しやすいのではないかと思う。

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