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2015年12月 5日

東京都渋谷区「パートナーシップ証明書」についての私見

東京都渋谷区「パートナーシップ証明書」について、東京都練馬区の小泉純二区議が異論を唱えたようだ。私は、この区議の考え方にはかなり賛同できないが、渋谷区の制度そのものにも賛成できない。以下、現時点の私見を述べる (もちろん、他の人の主張を聞いて私の考えが変わることもあるだろうが、まずは現時点の私見を記しておきたい)。

婚姻という制度は誰のためのものか。私は、主に生まれてくる子供のための制度だと考えている。父親が自動的に推定されるし、子育ての手間の面でも経済面でも、生まれてくる前から「親が2人 (ほぼ) 確定している」状態が用意されることが望ましいことは明らかだ。考えてみてほしい、もし婚姻という制度がなかったら、全ての父親は自分の子供の認知手続きをわざわざしなければならない。実際には、認知しない父親が激増するだろう。そうすると、子どもが不幸だ。

一方、現制度で夫婦になっている男女は、別に婚姻という制度がなくても、同居できるし、家計を同一にできるし、遺言で財産を遺贈することだってできる。養子縁組を使えば、相続だってできる。だから、生まれてくる子供のことを考えないのであれば、婚姻という制度の必要性はさほど高くないのだ。

同性の2人組だって、現行制度の枠内で婚姻に近いことができる。公正証書を用いれば自由に契約できる (思い出してほしい、婚姻だって契約の一種に過ぎないのだ)。

だから私は、次のように考える。婚姻とは、子どもが生まれてくる蓋然性が高い異性の2人組に対し社会的なおまけを付与するものであり、子どもが生まれてくることがない2人組にまで婚姻という制度を適用する必要はない、と。


ただ、誤解しないでいただきたいのだが、私は前出の区議の「伝統的価値観でもある男らしさ、女らしさ」などというものには全く賛同できないし、子どもが生まれてくることがない2人組には婚姻とは別の制度がある方が望ましい (公平である) と考えている。なぜなら、婚姻は無料で届け出ることができるが、それに近いことを公正証書などで実現しようとするとかなりの費用がかかるからである。

問題は、「子どもが生まれてくることがない2人組であっても、(可能であれば相続させたいほど) 結びつきが強い相手として互いに認め合った」という間柄を無料で公的に管理・証明する制度がないことである。私は、こういった制度の必要性をかなり感じている (が、これを「婚姻」と呼ぶことには非常に抵抗がある)。

そして、こういった制度は、以下の点が満たされていなくてはならない。

  • 戸籍に記載されること
  • 重婚のような多重の契約を自動的に防ぐ仕組みが作られること
  • 無料で届け出ることができること

そもそも役所は、国民の様々な契約の届け出を無料で受け付け、保管し、証明すべきだ。正直に言って、公証人という制度自体が欠陥だと思っている (全ての公正証書が無料か低額で作成できるなら公証人がいても構わないが)。電子化が進んだこの時代、大量の届け出を役所が受け付けたところで、大した費用はかからない (届け出の形式を整理するひつようはある)。後は、契約の類型化とその制度設計をするだけだ。


なんだか文章が取り留めない感じになってきた。まあとにかく、子どもが生まれてくることがないのに婚姻という制度を当てはめるのはとても違和感があるので、強く反対する、ということが言いたい。代替の制度が必要だとは思うが、私はそれを婚姻とは呼べない。

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