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2011年3月29日

「記憶はそのままで小学6年生に戻れる券か2000万円」

記憶はそのままで小学6年生に戻れる券か2000万円」なる記事 (というか 2ch 掲示板) を見つけた。今までの人生に後悔はほぼないし、「2000万円」で即答だ! …と思ったのだが、よく考えたら、小学6年生から今までの人生をやり直して2000万円以上余分に稼げるなら、そっちの方がお得なわけだ。

そんなわけで、今ここを読んでいる方 (のうち競馬好きな方) に質問。馬券が買える身分・年齢になった時点 (2005年1月より前は学生の馬券購入が認められていなかったことに注意) に持っていた所持金を元手に、その時点から今までの競走で勝ち馬投票券を買えるとしたら、総額いくらにできるだろうか。ただし、賭け金は常に手持ち金の半額とする (万一記憶違いで勝ち馬を間違えて全財産をいっぺんになくすことを防ぐため)。

あー、就職してから今まで、忙しくて競馬はあまりまじめに見てなかったなぁ…。私が過去に戻れたら総額いくらになったのか、後ほど計算してみよう。

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2011年3月28日

記事「日本の大学で理系と文系でどっちが給料高いかって、そりゃ理系の方が圧勝だよ」から

日本の大学で理系と文系でどっちが給料高いかって、そりゃ理系の方が圧勝だよ」という記事を見かけた。この記事の主題については、私は「理系」「文系」の分け方じゃなくて「理系」「非理系」「真文系」が適切だと思っているから (私の過去の記事を参照)、賛成も反対もないのだが、気になった部分は以下。

しかし、いろいろ面接した結果、東大や慶応のような一流大学でも、経済学部の学生というのは、どういうわけか極めて高い確率で馬鹿だということがわかった。
「大学で経済勉強したんだ。とりあえずマネタリーベースとマネーストックの関係を説明して」
「たしかー、マネー・ストックって、貨幣供給量? あー、すいません。思い出せません」
「・・・」
「じゃ、ちょっとブラック・ショールズ・モデル説明してよ」
「あー、そういうのはうちの学部では勉強しないんですよ(だからわかりません)」
こういう学生ばっかりでした。

多分、全国どの大学も似たような状況だと思うが、私の母校にも「経済砂漠」という言葉があった。これは、経済学部の学生にはいくら教えても (水をあげても) 全て流れてしまって何も残らない、という状況を大学教員が嘆いた言葉である。大学教員の嘆きが私のような学生にも広まっているくらいなのだから、事態はそれなりに深刻なのだろう。

文系学生の名誉のために書き加えておくが、文系学生の中にもしっかりしたやつはいる (私が「真文系」に類型化している学生)。しかし、たとえ東大であっても「非理系」の比率が圧倒的に高いという状況なのだろう。自分が専門とする分野 (とその周辺分野) については何を訊かれても何かしら答えることができるようになる、ということは大切なことだと思うのだが、そこまでできるようになる高等教育は難しいのかなぁ、と思う。


ふと、高校生の頃、私から見ると「真文系」である親友と、文系人材と理系人材のどちらが重要かで議論したことを思い出した。懐かしい。

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2011年3月26日

Type Mismatch : 「放射能」と「放射性物質」は別物 (「放射能漏れ」はほぼありえない)

こんなこと、本当は説明するまでもないのだが…「放射能」と「放射性物質」は別物だ。更に言うと、「放射線」も違う。それぞれ、「能力」「物質」「(energy の大きさを表現した仮想的な) 線」を表している。

web 上の記事を読んでいると、「放射能」と「放射性物質」とを混同しているものがかなり多い。ご丁寧に「放射能 (放射性物質) 漏れ」というように、意図的に混同させようとしている記事まである。


放射能が漏れるとはどういうことだろうか。字を見て分かる通り、これは放射能という「能力」が漏れる (原発外部の物質に能力が転移/伝染する) ことを意味する。Wikipedia の項目で言えば「放射化」、すなわち「もともとは放射能が無い同位体が、他の放射性物質等から発生する放射線を受ける事によって、放射性同位体となること」を意味するべきである。また、「放射性物質漏れ」という言葉がある以上、「放射能漏れ」は物質が外部に漏れずに能力だけが漏れる (原発内部の物質が原発外部の物質を放射化する) 事象のみを表すことが望ましい。

programming の用語を使うと、放射性物質は object (というか entity) であり、放射能は property だ。両者は class が全く異なるものであり、可換ではない。

だから、放射性物質漏れが発生することと比べて、放射能漏れが発生することはほぼない。これも厳密に言えば、放射線が (というか中性子が) 漏れることで原発外部の物質の一部が放射化する (中性子を受け取って放射性同位体になる) という事象は少しは発生しているだろうけど、その場合はそもそもの放射線漏れの方が大ごとであって記事として取りあげるに値しないと思われる。

報道を見ていると、本当に分かっていない記者が多いんだなぁ、と感じる。新聞で言うと、特に産経新聞がひどいように思う (他の新聞社も誤りがあるが)。数は少ないが、放射能と放射線の違いすら分かっていない記事もあるようだ。


今日のまとめ。放射能と放射性物質とを混同した記事を書くと、原子力に対する今後の国民の理解を阻害することになる (実際、私は高校生になるまで放射線と放射能の区別すらできていなかった…「放射能漏れ」などという言葉を使うからこういうことになるのだ)。文字数にして2文字しか違わないのだから、記事は正しく書いて欲しい。

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2011年3月23日

父の夢を見た

東北大震災の数日後、父の夢を見た。直接会った夢ではなく、遠隔地から電話で何か助言を求められた夢だ。

迷信好きな人なら魂がどうとか霊がどうとか言い出すのだろうか、あいにく私はそんなことは信じていないので、ただ単に震災によって私の中の死生思考が励起されたに過ぎないと考えている。私の祖父母は4人とも父より前に亡くなっているが、祖父母が私の夢に出てくることは考えにくいので、やはり父の死が私に与えた影響がそれなりにあったということだろう。

寝室で息子が隣で寝ていて、ふと考える。息子にとって私は、どのような存在なのだろうか。息子が成人して、結婚して、孫が生まれて、…まあ、そこまでは私も生きていられるのではないかと思う。だが、孫が成人するまで生きていられる自信は無い。私がいない世界で、息子は私をどう感じているだろうか。

父が亡くなるまで、「死ぬのは怖い」という理由で長生きしたいと思うことはあっても、人間の一生が短いと感じることはあまりなかった。でも今は、できれば長生きしたいと思う。それも、若者の富を食いつぶす存在になるのではなく、私にしかできないことで世界に貢献したい。…そういうことを考えていると、時間が大切に思えてくる。休養も必要、何もしない時間も必要だけど、無駄な時間は送りたくない。

ま、そんな話を午前2時45分に書き込んでいること自体が矛盾しているのだが。誰かに「さっさと寝ろよ」と言われそうだ。洗い物も終わったので、眠ることにしよう。

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2011年3月19日

中毒と依存症は全くの別物

先日、TV を見ていて「ありえへん∞世界」という番組に「中毒グルメ」なる見出しを見つけた。いやいや、ちょっと待て、それはやばいだろ。

恐らく、中毒と依存症とを混同しているのだろう。しかし、中毒と依存症は全くの別物である。

中毒とは、「毒に中(あ)たる」という意味である。食事で毒に中たれば食中毒だ。鉛が原因なら鉛中毒。そして、中毒になったからといって依存症になるかというと、そういうわけではない。食中毒になった人間が食事依存症になるわけではないし、また逆に、食事に依存するような人が食中毒になるというわけではない。

…という意味を理解すると、「中毒グルメ」とは何とも恐ろしいものだ。番組制作者の言語感覚がとても疑わしい。

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2011年3月14日

日本で輪番停電が実施されるとは…

まさか、私が生きているうちに日本で輪番停電が実施される日が来るとは思わなかった。あるとしても、資源の枯渇が大きな問題となる数百年先だろうと思っていた。

実は私は、ロシア留学中に輪番停電の経験がある。最もひどい日は、1日のうち22時間停電した。留学している半年間、ほぼずっと輪番停電が実施されていた。冷蔵・冷凍が必要な物は、怖くて置いておけなかった。いや、短期間で消費してしまえばいいのだが…。

輪番停電の広報などで東京電力に不満を持つ人が記事に取りあげられていたが、複数の原発に障害が発生しながら最大でたったの3時間しか停電しなくていいなんて、東京電力も結構頑張っている。それが分からないのだろうか。

あと、節電呼びかけの chain mail が、節電してもあまり意味がない西日本でも飛び交っているらしい。そりゃ、資源の節約という意味では平時でも節電は有意義だ。ただ、西日本の人が今節電しても被災者には役立たない。

物資なんかもそうだ。個別に発送すると、その運送と仕分けに人手が必要となり、被災地にはかえって負荷がかかる。そこが分かっていない人も多いような気がする。極端な話、支援者が軍隊を持っていて軍艦なり航空機なりで物資を直接現地に運べるなら、被災地も助かる。しかし、移動手段が自動車しかないなら、現地の渋滞に拍車をかける。恐らく、個人ができる最大の支援は現金だろう。どうせ、輸送手段だっていっぱいいっぱいなのだ。

もし、被災地のために何かできることをしたいなら、それは今じゃなくてもいいだろう。有事の行動も大切だが、平時の行動も大切だ。

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2011年3月13日

漢字検定の本を大人買いしたら甥が驚いた

先日、妻の母親の確定申告を手伝うため、妻の実家に行った。実家近くに住んでいる甥2人 (中学1年、小学5年) も来て私の息子と遊んでくれたので、そのまま近くのお好み焼き屋へ夕食を食べに行くことになった。

上の甥が去年漢字検定 (多分5級くらい) を受験してほぼ満点で合格していた話を聞いていたので、「もっと上の級の問題集を買ってあげたい」と思っていたところだった。幸い、このお好み焼き屋のすぐ近くに (住宅街にしてはそれなりの大きさの) 書店があったので、「お好み焼きを注文してから出てくるまでの時間なら、甥を連れ出しても差し支えないだろう」と判断して、甥を書店に誘った (下の甥も一緒)。

お好み焼きが出てくる時までには席に戻っておきたいので、10分以内に戻ってくることを目標とした。すぐ近くの書店とはいえ、私の息子 (4歳) もついてきたから移動に時間がかかる。書店に入って漢字検定の本棚を見つけた私は、4級の問題集を取り出して上の甥に見せた。

私「楽勝か?」

上の甥「うん」

その一言を聞いて、私は6級から3級までの4冊の問題集を取り出して会計へと向かった。6級と5級は下の甥のため、4級と3級は上の甥のため。本棚を見つけてからここまで、多分1分程度。甥は、私の行動に驚いていた。多分、「たった1分で4冊もの問題集の購入を決断するなんて…」と感じていたのだろう。

甥よ、これは「悩まずにまとめて買う」という、大人買いってやつだ。4冊もまとめて買ったからびっくりしたかも知れないが、漢字検定は広く普及しているから書籍代が安い。1冊たったの600円。4冊まとめて買っても、普段私が買う本1冊分程度でしかないのだ。自分に投資するお金をけちることはよくない。こういう金銭感覚は、社会人になれば分かるだろう。

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2011年3月12日

私は無事です (東北地震)

私の身について問い合わせが数件あったので、一応報告。関西は、揺れはしたものの被害はほぼなし。私も家族も無事。(実家の母と妹の無事も確認。)

来週頭までの急ぎの仕事のため、午前3時近いのにまだ起きている。被災地の被害は少しでも少ない方がいいが、今の私にできることは特にないので、仕事を進めることとしている。

それにしても…今日、市役所で防災関係の leaflet を見てきたばかり、同じ日のうちにこんな地震がおきるとは…。

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2011年3月 7日

国民年金「運用3号」改正…正直者が馬鹿を見る状態が解消され良かった

最近、「運用3号」なる制度が始まった。詳しくはこの記事全文を読んで欲しい。以下は抜粋。

このため厚生労働省はすでに年金を受給している人は払い済みとみなし、現在保険料を払っている人は2年分を払えばそれ以前の未払いは不問に付す、との救済策を決めた。〔中略〕ただ、きちんと切り替えて保険料を払ってきた人からの不公平感は強い。

これがどういう不公平を生んでいるのか、分かるだろうか。A さんと B さんという2人の同い年の女性がいたとする。2人とも、自分が45歳になるまで夫が厚生年金に入っていて、自分が45歳になった時に夫が独立した。A さんは、自分が3号被保険者でなくなることを理解していて、正しく手続きし、その後2年間は年金保険料を納付していたが、47歳以後は夫の経営が思わしくなく保険料納付ができなかった (免除の話は複雑になるので意図的に省いている)。B さんは、まもなく60歳になる最近まで3号の話など理解しようともせず今まで滞納を続けてきたが、今、「運用3号」の制度によってこの2年間の保険料 (40万円弱?) を納付するだけで40年間全て納めてきたことになる。

正しい手続きをした A さんよりも手続きを怠った B さんの方が年金給付額がはるかに大きくなるなんて、そんなことが許されていいのだろうか。正直者が馬鹿を見るとは、まさにこのことだ。こんな制度はたとえ1つであっても存在してはいけない。正しい行いをしたものは、常に報われるべきなのだ (報われる量は調整可能だが、正しい行いをしなかったものの方が報われる制度はあってはならない)。

…と思っていたら、「『運用3号』廃止合意 法改正で新たな救済措置」という記事を見つけた。以下は抜粋。

新たな救済策について政府は、切り替え漏れの期間を公的年金の加入期間に算入することで25年の年金受給資格が得られたとみなす一方、給付額には反映させないとの案を軸に検討する。年金額を増やしたい希望者には、過去の保険料納付期限(2年間)を届け出漏れ時点までさかのぼって納付することを認める。

よかった、よかった。

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2011年3月 6日

船の大きさ

私にとって船とは、car ferry (自動車搭載可能な貨客船)、いわゆる「フェリー」だ。特に新日本海フェリーの小樽←→舞鶴・敦賀の航路に乗っていたので、これが標準的な大きさの船だと思っていた。大分→大阪の航路も乗ったことがあるが特に大きい船とは思わなかったし、小樽→Корсаков (コルサコフ) 航路の船は小さいと感じていた。これ以外の船は、遊覧船等を除いて乗ったことがない。

今回、出張で和歌山→徳島の船に乗る機会があったのだが…かなり小さいと感じてしまった。浴室もない、映画室もない、食堂もない。後から調べたところ、日本海航路の 10000t 級の船は car ferry としては世界最大級で、和歌山→徳島の船 (2500t 級) は特に小さいというわけでもないようだった。

自分の経験だけで物事を見ると、世の中の中央値が見えなくなるものだな…。

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2011年3月 5日

もし神がある男の前に現れたら

以下は私の創作。


ある夜、A 氏の夢の中に神が現れた。

神「突然じゃが、汝の余命は1ヶ月じゃ。そこで、遠方に住む息子夫婦・娘夫婦・孫を1度だけ汝のもとに連れてきてやろう。(1) 死ぬ直前、汝の意識がはっきりしており会話もできる時期に3日間、(2) 汝の死後、通夜と葬儀と火葬の時期に2日間、どちらがよい?」

A「え!? そうなんですか? どちらも来てもらうわけにはいかないのですか?」

神「いくら神でも、そこまで全能ではない。だから、どちらか1つだけじゃ。」

A「葬儀に家族が揃うかどうかで、極楽浄土に行けるかどうか、天国に行けるかどうか、影響しますか?」

神「それは汝が信じる宗教の教義次第じゃ。まあ、葬儀に家族全員揃わないと死後ひどい目に遭う、などという教義を持った宗教なぞめったにないがの。」

A「なぜ、(1) は3日間、(2) は2日間なのですか?」

神「そりゃ、(1) は計画的に旅行の準備ができるし、(2) は息子・娘の勤務中に訃報が入って仕事のやりくりがつかなくなるからに決まっとる。(1) なら航空券も早期割引運賃で済むが、(2) なら息子家族・娘家族全員が正規運賃で航空券を買うから、かなりの出費じゃ。」

A「どっちにしよう…。」

神「汝が目覚めた時、この会話の内容は全て忘れてしまう。目覚めるまでの残り1時間の間に決めるのじゃ。」

A 氏は (1) と (2) のどちらを選ぶだろうか。国葬や社葬にもなれば、葬儀に家族が揃っていないとまずいだろうか、それ以外で (2) を選ぶ人はいるのだろうか。更に言えば、金銭面でも仕事の調整面でも、(2) より (1) の方が圧倒的に楽だ。


ある夜、B 氏の夢の中に神が現れた。

神「突然じゃが、汝の余命は、健康的な生活を送ったと仮定して40年じゃ。喫煙生活を続ければ残り25年、麻薬に手を出せば1年半じゃ。」

B「え!? そうなんですか? まあ、麻薬には手を出さないから『1年半』ってのはどうでもいい情報だけど、今35歳だから、たばこを吸い続ければ60歳か…。うちの会社も60歳で定年だし、給料がもらえる間だけ生きていられるなら、たばこを手放さなくてもいいかな。」

神「汝は大きな勘違いをしておるようじゃな。たばこを吸い続けても健康的な人と同じ生活ができる、などと勝手に考えているようだが、それは違う。たばこを吸い続けることで老後の15年間が失われるのではなく、たばこを吸い続けることで健康な15年間が失われるのじゃ。具体的には、54歳で肺がんが発覚し退職・入院、医者の指示により喫煙は禁止、抗がん剤治療で退職金を食いつぶしても症状は改善されず、最後は家族に借金を残して死んでいくのじゃ。」

B「どっちにしよう…。」

神「汝が目覚めた時、この会話の内容は全て忘れてしまう。目覚めるまでの残り1時間の間に決めるのじゃ。」

B 氏は (1) と (2) のどちらを選ぶだろうか。よく、「俺は太く短く生きたい」などと言う人がいるが、実際のところ、人生の最後の (老化した状態の) 数年間がなくなるのではなく、今の若さ (と余命) が 失われるだけではないのか。まあ、たばこと余命を天秤にかけて、それでもなおたばこの方が好きなら、私は B 氏に何も言うまい。

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