« 2010年10月 | トップページ | 2010年12月 »

2010年11月30日

素晴らしき中2病

ロシア女性が描いたイラストが中二病テイスト全開という記事を読んだ。まずは「213」の書き込みから。

でもハリーポッターだってダレンシャンだって、壮大な中2病だよな

中二病という概念のせいで、大切なものを見失っているかもしれんね

実際のところ、映画も games も壮大な中2病患者が技能を得て実現しているものだと思う。次は「220」の書き込み。

俺なんか頭の中にもう一つ世界作って、実際に存在する社会制度や起こった事件を噛み砕いてその世界の歴史や制度にして、それを舞台に話作って楽しんでる
楽しいし、何より20代なかばにして勉強や物事の観察が楽しくて仕方なくなったわ

これは、現実世界から法則を見出し、それを別の世界に適用しても成り立つのではないかと推測する、という点で社会科学そのものではないだろうか。なかなか面白い書き込みを読んで楽しくなった。中2病は、技能が伴わなければ黒歴史となるが、技能を伴えば素晴らしい作品となる。こういった方面で大成している人の大部分は、かつて中2病にちゃんと罹った人たちではないだろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年11月25日

韓国が心配

北朝鮮が砲撃か…。あのならず者国家は、今後どうなるのだろう…。

民間人に死者が出たので、国際社会上の北朝鮮の立場はかなりまずいものになっただろう。ここで韓国は (韓国民は)、冷静な対応ができるかどうかが問われるだろう。と言っても、どこかの国のような弱腰外交をしろということではなく、少なくとも北朝鮮の民間人に死者を出さないということである。

韓国には、もしかしたら「こっちに民間人の死者が出たのだから、北の民間人も殺してしまえ」という過激な主張が出てきているかも知れない。心情は分からなくもないが、お互いに民間人を殺してしまうと、戦争はより激しい段階へと進んでしまう。ならず者の北朝鮮と大人の韓国、という構図をできるだけ崩さずに対応することが、今後の (韓国にとっての) 外交上も好ましいと思う。

こういう事件は、本当は両方の国の言い分をちゃんと聞いてから判断するのがよいだろうけど、正直に言って、北朝鮮が主張することはなかなか信用できない。(日本の mass-media が北朝鮮の主張をねじまげているのか、それとも北朝鮮の主張そのものがむちゃくちゃなのか、それも判断できない。北朝鮮の公式発表などは、どうやったら日本の mass-media を通さずに直接入手できるのだろうか。)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年11月19日

『自閉症裁判』と加害者の妹の人生

『自閉症裁判』という書籍を図書館から借りてきて、かなり飛ばし飛ばし読んだ。これは、レッサーパンダ帽男殺人事件 (の加害者) について書かれた本である。全体の分量の2割も読んでいないが、気になったところだけ抜粋する。いずれ時間があったら、この本と相田みつをについて語りたい。

なお、文中の「父」「妹」「弟」は、この事件の加害者 Y から見た続柄である。

札幌の自宅には妹がいる。妹は重い病気を抱えていた。これまでに少なくない金銭を、その妹に無心しつづけてきた。カセットデッキやらなにやら、妹の大事な物を勝手にもち出して、金に換えたことも1度や2度ではなかった。(p.10)
1981年、祖母の死を機に兄夫婦と遺産分与し、同じ中央区の 3DK のアパートに転居する (建替えのため5年後に再転居)。88年、男は札幌市内の高等養護学校に入学する。そのころより母親は体調の悪化を訴え始め、89年に入院し、翌年に他界。白血病だった。経済的にも精神的にも家族を支えてきた母親を亡くしたこのころから、一家の歯車が狂い始める。母親の収入が絶えた後は経済的にも極端に困窮し始め、200万という入院費用を母親の兄弟に立て替えてもらったり、生活費の借金がかさんでいくようになる。それもこれも金銭の管理がうまくできず、あればあるだけ使ってしまう父親の性格によるところが大きかったという。(p.112)
怒ると前後の見境がなくなり、青竹で叩いたり、冬のさなかに子どもたちを素裸で外に放り出す。金の管理がまったくできず、パチンコ趣味のために浪費し、生活費もろくに入れない。国民年金や健康保険の料金も滞納する。大病の身となった娘を、それでもパートに行かせつづけた。どんなに極道な男なのか―それが事前に私のもっていた「父親像」だった。(p.113)
また父と兄弟2人が一時期勤めていた塗装店の社長は、「弟が一番仕事ができる。次は Y。できないなりにも言われただけのことはやった。父親が一番だめだった。いくら注意しても仕事がいい加減で、やる気が見られなかった」と述べていた。また、もう一度採用しろと言われたらどうかと尋ねたら、「お父さんなら二度と使いません」とまではっきり答えている。(p.113)
家出先から保護を求める男に対し、お金の用立てをするのは、ほとんどが妹だった。しかしその妹の置かれた状態は過酷だった。死の床にあって、最後の支援を始めることとなった共生舎のスタッフに対し、「これまで生きていて、楽しかったことはひとつもない」と語ったという。「この飽食とレジャーの太平楽にあって、それが25の若い娘が吐く言葉か」取材のさなか、共生舎の岩淵進氏はそう言うと、しばらく絶句した。その無念さが痛いほど伝わってきた。母親はすでに他界していたから、高校進学をあきらめるほかなく、妹は中学卒業と同時に家事に専念する。ちょうど父親と兄弟が塗装店で働き始めたころだった。ペンキに汚れた衣類を洗い、食事の用意をし、家の中のいっさいを切り盛りしていた。前述したように手取りは父親が握っており、わずかばかりの生活費でかつかつの暮らしを余儀なくされたという。しかし函館での事件の後、弟は単身名古屋に仕事を見つけて移り住み、父と妹は食品加工会社で働くこととなった。94年、妹が18歳のときだった。そして4年後、妹は最初の発病をする。「肺炎・多発性肺腫瘍」と診断され、肺腫瘍の摘出手術を受けた。さらに半年の後、こんどは「右大腿部軟部肉腫」のため、再び外科手術。(p.126)
1994年食品加工会社就職。(このとき18歳)
1998年5月、右脇腹の痛みがひどく受診。レントゲン写真に黒い影がたくさんあり、即入院。肺の腫瘍の摘出手術。右大腿のしこりが大きくなり、「右大腿部軟部肉腫」と診断。肺の影はこの肉腫が転移したもの。
2000年2月、頭痛がひどく意識不明で倒れる。脳に転移が見つかり腫瘍摘出手術。
8月、「転移性肺腫瘍」と診断。
12月、ガンマナイフにて脳腫瘍手術。
2001年3月、在宅酸素療法開始。
8月、身体障害者手帳取得手続き。年金手続き。
9月、身障者手帳1種4級交付。
10月、共生舎利用登録。
12月、自宅で入浴中に倒れ救急車で病院へ。そのまま入院。新居契約。世帯分離し○区へ転入。
2002年1月、身体障害者1種1級再交付。
7月、痙攣発作のため入院。
8月、再び痙攣発作。死去。25歳。
妹は生活費を家に入れていたほかに、この間の入院治療費や手術費用の過半を、自分の働いたお金で当てていた。まさに家族と病のために働きづくめの歴史だった。ここにその兄の歴史を並べてみる。
1990年3月、高等養護学校卒業。
1991年7月、札幌駅にて置き引き。9月、塗装店勤務。
1992年8月、旭川にて銃刀法違反で8000円の罰金。
1994年7月、函館で強制わいせつ・強盗未遂で懲役3年執行猶予5年。塗装店退職。
1995年2月、家出上京。5月、熊本で自転車窃盗。佐賀少年刑務所へ。
1998年2月、仮釈放。そのまま家出。
1999年4月、青森で無銭飲食。青森刑務所へ。
2001年1月、仮出獄。4月、家出し上京。4月、浅草にて殺人事件。東京拘置所へ。
2004年11月、第1審判決「無期懲役」。(pp.295-296)

この本自体は、軽度~中度の知能障害を持つ加害者をどう裁くか、また社会はどうすべきか、という問題を主眼においているが、この問題は私には重すぎる。殺された女子短大生の叔父の言葉が文中に出てくる。

「〔前略〕M ちゃん (被害者) は地雷を踏んでしまったんだと私は思う。これは事故ではないし、まして運命でもないし、運命だったとも思いたくない。地雷さえそこになければ防げたことだった。私はそう思っている。〔中略〕東京という砂漠のあちこちに地雷があって、M ちゃんは運悪くそのひとつを踏んでしまった。〔中略〕地雷は撤去して抹消するのが世の中のためだ、私はそう思う」「私は、障害をもつ人たち全員が地雷だなんて言っているのではない。M ちゃんが地雷を踏んでしまった。M ちゃんの踏んだのが地雷だった、そう言っている。地雷を世の中に戻せば、必ず誰かがそれを踏んでしまう。犯人は前科があって、刑務所に何回か入っていた。そういう傾向のあった人間を、なんでそのまま戻したのか。行政の司法の責任だと思う。」(pp.256-257)

この言葉は重く受け止めなければならないが、でも最善解は分からない。そして、この問題以上に、私の関心は加害者 Y の妹に向いている。最近、子どもが虐待されて死ぬ事件がよく新聞に載っている気がするが、この Y の妹の人生もそれと同じくらい壮絶なものだっただろうと推測する。

殺人を犯したのは Y だが、その父の方がもっと悪い。こんな父のもとに育ち、お金を勝手に使い込まれ、兄は勝手に妹の所持品を売りさばき勝手に家出し所持金がなくなったら帰宅の費用 (しかも本州都市→札幌である) を無心される。この、妹の人生を、どう考えたらいいのだろう。世の中、全ての人を救える訳じゃないけど、それでもこういった境遇が生み出される可能性をもっと低くしたい。私は福祉分野の仕事をしているわけではないので、こういった分野に直接関わってはいないのだが、どんなことができるだろうか。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2010年11月18日

「マイナス25度の極限状態で焼肉を食べた」?

見出しを見ただけで私の主張が何か分かった人は偉い。

マイナス25度の極限状態で焼肉を食べた」なる記事があったけど、それ、全然極限じゃないから!

私の父親は、「小学生の頃は氷点下30度を下回ると学校が休校になった」と言っていたし、私が (9月から2月まで) 留学していたロシア・ユジノサハリンスクでは、氷点下30度ってのは普通に体験できるものだった。大陸の内陸部だと、天気予報で氷点下55度ってのも見たことがある。

しかし、氷点下25度もそれより下もあまり変わらないじゃないか、と言われたらそうかも知れない。氷点下5度ってのは、まあ普通に歩ける。氷点下10度になると、かなりしっかり防寒しないといけないし、厚着しても汗をかかなくなる。氷点下10度を下回ったなら、帽子をかぶらないと危険だ。氷点下15度や20度くらいになると、目を開けていても目の表面が凍る感じがする。それより下は…若いうちは平気かも知れないが、なるべくならあまり出歩かない方がいい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年11月17日

松本道弘「TIME を読む」

購読している TIME の包装紙に、「TIME を教材にしたインターネット・テレビ英語学習番組『TIME を読む』が放送開始!! 松本道弘氏が毎週 TIME の記事を楽しく解説。月額500円で24時間見放題! 学び放題!」という宣伝があった。

実は、私が外国語を学ぶ際の方法というか心構えというか、そういうもののうち何割かは松本道弘の著作の影響によるものである。彼の著作に出会ったのは高校生の頃だったように思う。振り返ってみると、その著作から色々と学ばせていただいた。

さて、月額500円か。料金的には何の問題もないのだが、果たして視聴時間を確保できるだろうか…。iPod などに入れることができればいいのだが…。とりあえず来月から購読してみようと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年11月16日

英語名詞の複数形

「ラテン語、ギリシア語由来の複数形をつくるsuffixes」という記事を見つけた。index の複数形は indices ってのがあるのか。知らなかった。まだまだだな。

英語、ある程度真剣にやらないといけないかも。妻の親戚には USA 国籍の人が何人かいるし、そもそも仕事の上でももう少し英語が使えるようになりたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年11月15日

切手を備蓄しよう

皆さんは切手をどれくらい自宅に備蓄しているだろうか。

私は、つい最近まで、切手を自宅に殆ど備蓄していなかった。「必要になった時に買えばよい」と思っていた。だが、郵便局が開いている時間帯は限りがあるし、最も近い郵便局へも自転車で数分かかる (しかも平日の昼間でないといけない)。購入する手間 (そして時給換算した金額) を考えると、「普段からある程度備蓄しておく方がいいのではないか」と考えるようになった。

そこで問題になるのが額面と枚数。備蓄を考え始めた時は、様々な郵便料金のことを考慮して「○円のものが○枚、○円のものが○枚、…」などと考えていたのだが、面倒になった。何より、使い道が少ない額面の切手は回転が悪くなるから、備蓄に向かない。

結論。最もよく使われる80円切手と、汎用性が高い10円切手、この2種類だけで足りる。貼る切手の枚数が少々増えることは気にしない。10円切手は、数十枚単位で購入しておくと便利。この程度の枚数をまとめ買いしても、どうせ食事1回分にも満たない金額なのだから。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2010年11月14日

「女性からの好感度を引き上げ女心を掴む!」だとさ…

とりあえず、「男の恋活応援サイト」という page を見て欲しい。最初の写真の少し下に

『口説きの4ステップ法と横山建の男の恋活メールマガジンを受け取る』
【期間限定キャンペーン】購読し役に立たないと判断したら
あなたの時間を取らせたお詫びに1000円差し上げます。
キャンペーン終了まで、あと■■■■です。

という記述がある。この web page、今は閉じて日付が変わる直前に開き、日付が変わるまで放置し、日付が変わってから見てほしい。すると、

カウントダウン終了

と表示される。ところが、この状態で表示を更新 (IE の場合は F5 key) すると…。

女心が本当に掴めるかどうかは知らないが、「キャンペーン」なる騙しの手段は色々だ (更にひどいことに、この page を開きっぱなしだと CPU power をかなり喰われる)。こんなものに引っかかる奴がいるなら、顔を見てみたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年11月11日

尖閣諸島の映像流出者は処罰されるべきか

今、方々で話題になっている、尖閣諸島の映像流出の実行者。大多数の国民感情からすると処罰しないでほしいとなるのだが…。

残念だが、日本は法治国家である以上、組織としては流出の実行者を処罰せざるをえないだろう。そうしないと、今後「国民の支持があれば何をやってもいい」と思い上がる模倣犯が増え、行政が混乱するからだ。問題は、模倣犯が「国民の支持」を正しく判断できる保証が全くない点にある。

その一方で、そもそもこの実行者にこのような行動をとらせてしまった今の政府は、その評価を受けるべきだ。政府は「処罰」されるのではない。「投票」されるのだ。今の政権を選んだのが国民なら、次の選挙で政権を誰に委ねるかを選ぶのも国民だ。

ただ…今回の件があっても、個人的には民主党より自由民主党の方が好きになれないんだよなぁ…。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年11月 9日

外人さんと500系

先日、新大阪駅に息子を連れて行って500系を見せた際、やたらと背が高くて細身な外人さんに「写真を撮って下さい」と依頼された。

「おお、この外人さんは500系の良さを分かっているじゃないか!」と感じた私は、喜んで撮影を引き受けた。しかし、500系は非常に鼻が長い (15m)。そのまま撮影すると、先頭が画角からはみ出てしまう。だからといって進行方向から撮ると、せっかくの500系の美しさが表現できない。

そんなわけで、500系の美しさを引き出すため車両の横方向へと移動しつつ、運転席扉近くに立つ外人さんと新幹線先頭を画角に入れようとしたら、どちらもギリギリになってしまった。でもこれで、あの外人さんは帰国後 (または帰宿後) に写真を見て「この日本人は500系の美しさを分かっている」と思ってもらえるのなら、それで充分だ。

この日の新大阪駅は、他にも何人かの外人さんが500系を撮影していた。海外の鉄道好きが西日本に来たら、やっぱり500系を鑑賞していってほしいと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年11月 7日

息子語録 (3)

最近の息子の語録。

  • (ゲゲゲの鬼太郎の旋律で) 「ウ、ウ、ウルトラマン、ウルトラウルトラウルトラマン」 …… 数ヶ月前から歌詞がでたらめな歌を歌うようになっていたが、遂に替え歌まで歌うようになった。
  • 「いややですー」 …… 息子が盛んにおんぶを要求するので、「疲れたなー」(「な」に強勢) と言ったら、「いややですー」(「す」に強勢) と返された。親の口調をそのまま真似するようになってきた。
  • 「○○君 (息子の名前) の赤ちゃんの写真」 …… 妻の実家に行った際、PC の壁紙が息子の生誕時の写真であることを見て。正しくは「赤ちゃんの○○君の写真」。
  • 「おしり見てー」 …… 保育園に行く直前、大好きなゴセイジャーの下着を穿いた数分後。見てみると…ウンチしてた。「ウンチしたー」と言えばいいところを「おしり見てー」と婉曲表現を用いるとは、成長しているとみていいのだろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

北海道民にありがちなこと

北海道民にありがちなことという記事は、ネタ元に使いやすそうだ。早速使わせてもらおう。

強く同意

  • 冬に部屋をストーブでガンガン暖かくして薄着で食べるアイスの美味しさを都会人は知らないんだな …… 都会人というか、本州人 (や四国人や九州人) は知らないんだな、と思う。因みに、氷点下の冬に街頭で売っているアイスを買ってそのまま屋外で食べる美味しさを、北海道民は知らない (ロシア人は知っている)。
  • ゴキブリ見たことがない …… 繁華街には存在するらしいが、私は北海道で見たことがない。
  • 実は「北の国から」を見たことない …… しまった、該当する…。
  • 札幌市民:帯広?遠すぎるから全然行かないわ
    帯広市民:札幌?あ~、近いからよく行くよwwwww …… その帯広に出るのでさえ2時間かかる釧路や、その釧路に出るのでさえ大変な根室とか、最寄りの DVD 貸出店まで車で○十分の街とか、札幌を正午に出発しないとその日のうちにたどり着けない島とか、更には空港はあるのに使われなくなってしまった島とか、そういうところと比べたら帯広はかなり札幌に近い。道外の人 ≪ 札幌人 ≪ 札幌以外の道民 ≪ ロシア人、みたいな感じで、距離感に大きな違いがある (この例と同じ構造がある) ような気がする。本州の人は、特急で1時間程度の距離でも「遠い」と言うことが多いように思う。そういう私も、200km を越えたら「遠い」と感じるが、道北民や道東民やロシア人からは「寝言を言うな」とか言われそうだ。
  • 県民showで北海道をひとくくりにされると色々いいたいことがある …… 札幌以外の人は言いたいことがあるだろう。
  • というか、世界の中心は札幌という認識 …… そこまで極端ではないが、そういう意識は少しあるかも。
  • 実際には、道民はジンギスカンの匂いがするのはわかる
    でもそれを臭いと感じられない、子供の時から慣れてるから …… 臭いと感じたことは1度もない。

事実と異なる

  • でっかいどう!が持ちネタ …… 嘘。「北海道はでっかいどう」と言われると不快感を示す北海道民の方が多数派だと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年11月 4日

生活保護について考える (最低限度生活篇)

前回の続き。

最低限度生活の中身を検証しなければならない、などと偉そうなことを書いたが、最低限度生活の程度を断言できるほど私には現場知識も政治的経験もない。いや、私に限らず、最低限度生活とはどの程度の生活であるか、断言できる人などどこにもいないのではないだろうか。

そもそも、最低限度生活の程度は時代によって変わる。例えば、連絡用の携帯電話類の所持は、30年前なら費用面から見てとんでもない話だが、今なら問題ない (固定電話よりも安く済む)。だが、こんな極端な例を挙げなくても、そもそも最低限度生活の程度は国民が決めるべきもの (自分たちが納得できるように定義すべきもの) なのだ。

なので、国政選挙などの折に最低限度生活の程度についても投票させるのがよいのではないかと思う。そうすれば、生活保護の制度に不満を持つ人も激減するのではないかと思われる。私案だが、投票用紙の内容は次のようになる。(金額の選択肢は省略)

  • あなたのお住まいの市町村で最低限度生活に適した家賃はいくらだと思いますか。
  • 成人男性, 成人女性, 中学生, 小学生の4人家族の最低限度生活の食費はいくらだと思いますか。
  • 最低限度生活に自家用車の所有を含めますか。
  • (以下同様)

受給者に投票権を認めるかどうかとか、現場を知らない人は厳しすぎる水準に投票してしまうのではないかとか、課題もいくつか思い付くが、それでもやってみる価値があると思う。

TV などでは生活保護受給者なのに毎日パチンコに通っている人などが放映されているが、こういう点は、「○○をしたら受給者としての資格を失う」というように制限したらいいのだろうか。しかし、生活保護受給者から全ての娯楽を取りあげてしまうことは、あまり望ましくないように思える。例えば、競馬なんかは非常に少額から楽しめる娯楽であり、毎週毎週中央競馬の最大の競走 (今の時期なら Jpn I) を100円買うだけでも月曜から日曜まで充分に楽しめる。それでいて、この買い方なら毎月の出費は400円程度である (当たれば儲かることもある)。…まあ、最終的には、生活保護の給付金の使途として国民がどこまで許容できるか、という話になるのだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年11月 3日

生活保護について考える (金額篇)

前回の続き。

生活保護は、憲法第25条の「健康で文化的な最低限度の生活」 (以下、「最低限度生活」と略) の保障を実現するための制度であると考えられる。だが、生活保護として給付される金額 (の満額…無収入者に対する給付額) は、国民年金を40年間きっちり納めた場合の給付額 (月額6万円台) よりもはるかに多い。果たして、最低限度生活を送るための金額は、生活保護給付額と国民年金給付額のどちらが正解なのだろうか。

もしかしたら為政者は「国民年金なんてものは、主に自営業者のためのものだから、稼げるうちに自分でためておけよ」とでも考えているのかも知れない。しかし、これは年金の趣旨にそぐわない。やはり、国民年金の給付額は、最低限度生活を送ることができる額でなくてはならない。

だとすると、国民年金の給付額を増額すべきだろうか。それとも生活保護の給付額を減額すべきだろうか。少なくとも、40年間まじめに国民年金保険料を納めた人よりも生活保護受給者の方が遙かに多い金額を受け取っている現状は改善しなければならない。そして、最低限度生活を送るための金額をどこかに設定しなくてはならない。

ここで、「生活保護の適用状況など」を参照する。これによると、ある地区では36%の住民が生活保護を受給している (それがどこの地区であるかは重要ではない)。無収入者が他の市町村からこの地区に送り込まれてくる、という話も聞いたことがあるので、その特殊性は考慮しなくてはならないが、それでも日本の労働市場の状況がこのまま続けば、この比率が将来の日本の姿だったりはしないだろうか。

ちょっと、100人の村で考えてみよう。ある村ではこれまで100人中3人が生活保護受給者だったところ、今月から1人増えたとする。すると、受給者以外の負担は、3/97 → 4/96 になる。まあ、全体としては微々たるものだ。しかし、別の村として100人中36人が受給者である村を考えてみると、36/64 →37/63 である。まあ、まだ何とかなるだろうが、微々たる変化とは言えない。もっと極端な例として、100人中95人が受給者である村を考えてみよう。すると、95/5 → 96/4 となる。受給者以外の負担はものすごく増えることとなる。

こうして考えてみると、受給者の比率が上がれば上がるほど、非受給者への課税が増え、これが新たな受給者を作り出す遠因となっていることが分かるだろう。これを避けるにはどうしたらいいだろうか。

とりあえず思い付く方法は、総額制である。生活保護受給者が何人に増えようと、生活保護の予算総額は変更しない、という方法だ。これなら、非受給者の負担はあまり増えない。しかし、限られた予算を受給者で取り合うとなると、今度は最低限度生活が保障できなくなる恐れがある。

どうやら、最低限度生活の中身を検証しなければならないようだ。この話は次回にしよう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年11月 2日

生活保護について考える (書籍篇)

生活保護 VS ワーキングプア』という書籍を読んだ。生活保護の問題は、国家財政・地方自治体財政を考える上で避けては通れない。

生活保護と言えば、かつては、役所の窓口がなかなか受け付けてくれず餓死者が出た、という報道を見かけたが、今では生活保護を受給して仕事も探さずパチンコなどをしている若者などがよく報道されている。この書籍は、そのどちらの立場でもない。冒頭 (p.6) には、財政面の視点が示されている。

仮にワーキングプア、ニートと呼ばれる人たちのすべてが生活保護を受けるようになると、〔中略〕自由に使える予算の約6分の1が生活保護費で消えることになります。

財政が厳しいからといって、生活保護制度をもっと厳しくしろという立場には立っていない。例えば、次の記述 (p.124) から生活保護制度がもっと有効に機能して欲しいと願っていることが分かる。

しかし、多くの人たちは「壊れる」という形で生活保護のネットに救われることになります。厳しい労働条件の仕事でボロボロになるまで傷つき、家族関係の葛藤に悩まされ、心の病―うつ病―になって初めて生活保護の対象になるのです。〔中略〕多くの福祉事務所では、こうしてボロボロに傷ついて、だれがどう見ても生活保護が必要な状態になって初めて生活保護の対象と判断します。

さて、この記事を読んでいる方はどのような考えをお持ちだろうか。私自身、色々と考えることがあるのだが、今は時間がないので、また後日書こうと思う (…そう宣言しても、書く時間がなければ書けないのだが)。とりあえず、大阪市の「生活保護制度の見直しに向けて ~生活保護行政特別調査プロジェクトチームの取り組み~」の中の「生活保護の適用状況など」を資料として利用する予定である。

事前に私の考えを少しだけ記しておく。私は、生活保護を廃止せよとは主張しないし、現状のままでよいとも主張しない。財政を破綻させず、なおかつ多くの人々が納得できる制度にしたい、と考えている。…うーん、書き出すと少々長くなりそうだ。書く時間はあるのだろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年11月 1日

数年前の自分に助言したいこと (社会保険料控除篇)

数年前の自分に助言したいことがある。金銭的に余裕がある時には親の国民年金保険料を肩代わりしてあげるとそれだけで所得税・住民税における社会保険料控除が大きくなったのだ。国民年金基金にも、さっさと加入してもらえばよかった。

…とまあ、これは今の自分の偽らざる気持ちだ。こうした、自分の過去を振り返るという点では、INTERNET 上で有名な次の AA 「未来からの兄者」が好きだ (深刻さは比べものにならないかも知れないが)。

          ∧_∧
    ∧_∧  (´<_`  ) 兄者は十年後にはきっと、せめて十年でいいからもどってやり直したいと
  ∑(;´_ゝ`) /   ⌒i  思っているのだろう。   
   /   \     | |  今やり直せよ。未来を。
  /    / ̄ ̄ ̄ ̄/ |   十年後か、二十年後か、五十年後からもどってきたんだよ今。
__(__ニつ/  FMV  / .| .|____
    \/____/ (u ⊃

さて、10年後・20年後の私は、今の私を見てどんな助言をしたいと思うだろうか。もしかしたら「癌検診は受けておけ」とか思っているだろうか。今の時点では予想も付かないが、未来の自分を頭の中で想定して、どんな助言をしそうか考えてみたいと思う。

因みに、癌検診は最近の政府公報でも取りあげられている。この記事を読んでいる方も、できれば検討してみて欲しい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2010年10月 | トップページ | 2010年12月 »