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2010年4月20日

ねたたま (ねたミシュラン) はネット右翼なのか

ねたたま (旧ねたミシュラン) という site がある。かわいい動物写真が時々掲載されるので、私は数年前から見ている (それに加えて、眼鏡属性の者にとって嬉しい写真もある)。このねたたまの筆者が「私は”ネット右翼”らしいです。」と書いている点について、ちょっとだけ擁護したい。

正直に言うと、ねたたまを閲覧し始めた最初の頃は、動物の写真以外の記事を見るのが不快だった。失礼な書き方になるが、ガキが (匿名であることを盾に) 自分の嫌いなものを過剰中傷している感があった。その頃だったら、筆者が「ネット右翼」であるという意見に同意しただろう。(なお、「ネット右翼」であるかどうかは、「一行コメントで突っ込んでいただけ」かどうかはあまり関係がない。)

しかし、いつの頃からか、記事 (一行コメント) の内容が責任ある態度に基づくしっかりしたものになってきた。今では、ねたたまを読んでいて不快に感じることはまずない (見解の相違はあっても、責任ある態度で書かれた文章を読むことは快いことである)。私と筆者との間に仕事上の取引・付き合いがあるとしたら多分うまくやれるだろう、とも思う。

だから私は、今は筆者を「ネット右翼」だとは全然思わない。こんな意見をここに書くことにどれだけ意味があるか分からないが、筆者のために言明しておきたい。


私のこの記事は、今読み直してみても上から目線の感がどうにも拭えないが、そういう意図はない。これが私の文章力の限界なのだろう。

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2010年4月19日

引きこもり30歳男性による殺人事件

一家死傷、長男が父親の通帳を管理か」を読んで、今までより一層悲しくなった。

「誰がネットを解約したんだ」と言って家族を刺した、という初期の news を聞いて、この長男は無職なのだから自分で INTERNET 接続料を支払うことなどできない (つまり自分のお金で契約できない) のになぜ怒っているのか、契約を解除するかどうかの判断は契約者の専権事項なのだからこの長男は頭がおかしいのではないか、もしかしたら長男のひどさを強調するために報道が演出過剰なのではないか、などと感じていたのだが、まさか父親の通帳まで管理してるとは…。親はどうしてこんな状態を許していたのだろう。

日本の親は、自分の子に甘すぎるのではないか。経済的に親に頼っていいのは学生のうちまでで、学生の身分を失ったら経済的に自立すべきだ。勤労の義務は日本国憲法にも明記されている。もちろん、働き口が少ない時代だから無職者が全て悪いとは一概に言い切れないが、それにしても甘えが大きいように思う。

原因の1つには、かつて「自分探し」などという風潮が流行したことが挙げられると思う。そりゃもちろん、自分に向かない仕事をやるよりは自分に向く仕事をやる方がいいに決まってる。でも、そんな悠長なことを言っていられるのも若いうちだけだ。私の親の世代は、その仕事がやりたい仕事かどうかを判断することもなく、生活のために仕事している、という人も少なくない。まずは食い扶持を自分で稼がないことには生きていけないのだ。

30歳という年齢は、自分に向く仕事を探すことができる限界年齢だと思う (何か特殊な技能があれば、35歳までだと思う)。その年齢を過ぎたら、仕事の好き嫌いを言わずに働くしかないのだ。私の感覚では、この長男はもうギリギリの年齢だというのに今まで何もしてこなかったのだろう。

それにしても…最近、親の年金に頼って生活している若者が社会問題になっているくらいなのに、親の通帳まで管理してそこから親に小遣いを出しているとは…。自分がどれだけ経済的にむちゃくちゃなことをしているのかこの長男が理解していないことに呆れると共に、事件前の家族の苦悩を思うと胸が苦しくなる (事件後の生き残り家族の苦悩を思うと更に苦しくなる)。

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2010年4月16日

MS-Windows の自動更新にやられた

私は昔から、MS-Windows の自動更新が download, installation まで自動で行われるように設定していた。だがこの2日間連続で

  • PC で作業しているうちに息子の就寝時間となる
  • 息子の眠りの機を逃さないように PC を stand-by 状態にして寝かしつける (作業中の data を HDD へ保存している余裕もない)
  • 私も寝てしまう
  • 深夜・未明に勝手に自動更新がかかる
  • 朝、未保存の data が消失していることに気付く

という目に遭っており、がっくりきた。そのため、download は自動で行うが installation は手動で行う設定に変更した。育児をしていると、こんなところにも影響が出てくる。

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2010年4月13日

息子語録 (2)

  • クリスマク …… 「クリスマス」の語の最後が、なぜか「ク」として記憶されているようだ。
  • 洗濯の物 …… 「洗濯物」の途中に「の」が入った。言葉として間違ってはいないので、言い直させてはいない。
  • 電気点いて …… 「点けて」が正しいのだが、自動詞と他動詞の区別はまだ苦手なようだ。
  • エベレータ …… これは時々「エレベータ」と正しく言うことができるようになってきた。
  • 「〔保育園の〕○○先生は?」「怖い」「じゃあ△△先生は?」「大丈夫」 …… このやりとりを聞いて笑ってしまった。
  • はだかんぼんぼん …… 「裸ん坊」と言う時に音節を付けて4拍で。

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2010年4月10日

子ども手当には是非使途制限を

1~2ヶ月くらい前に、子ども手当は現金支給がいいのかそれ以外の支給がいいのか、妻と話をしていた。子ども手当の使途は制限すべき、そのためにも現金支給は望ましくない、という結論になった。現金で支給すると、親が勝手にパチンコなどの遊興費に使ってしまうことが多い、という点が決め手だった。

先日、「子ども手当、半額は『現物支給』=民主若手が提言」という記事を読んだ。やはり、考えている人はちゃんと考えているんだ、と思う。半額どころか、全額を「現物支給」にしたらいい。

この「子ども手当」制作の話を聞くと、つい地域振興券を思い出してしまう。公明党がさんざん主張して実施されたけど大失敗に終わった、例のものだ。

子ども手当と地域振興券について、実施についてのそもそもの是非ではなく、その手法の善し悪しについて考えてみよう。地域振興券は、消費刺激・景気回復が目的であった。なのに、使途が限定され、しかも発行市町村内でしか使えなかった。莫大な予算と事務人件費をかけたのに、地域振興券発行額のかなりの分は (本来支出されるべき生活費が節約されるという形で) 貯蓄に回った。消費刺激が目的なのに遊興費には使えないし、田舎では発行市町村内にまともな商店が殆どなく使い道に困る、という話もきいた。思い出すたび、公明党は本当に経済音痴なんだなぁ、と思う。

一方、子ども手当は子どもを持つ世帯への援助が目的だ。言い換えれば、子どもを持たない世帯と比較して、子どもを育てている分について負担を軽くすることが目的なのだ。だから、使途を子育てに制限することに何の問題もない。地域振興券とは性格が逆なのだ。


ここからは空想の話。もし私が子ども手当支給の仕組みを作るとしたらどうするか。まず、子ども手当の使途として認めて欲しい組織・団体からの ID と銀行口座登録を受け付ける。学校などが該当する (塾を含めるかどうかは議論の必要あり)。子ども手当による支払い充当は銀行振り込みによって行われることとし、登録されていない組織・団体に対して子ども手当を利用することはできない。

続いて、(支給額が1人あたり月額26000円だとしたら) 基本支給額20000円と電子手続き者増額分6000円とに分ける (金額は適当に決めただけなので、増額分6000円が妥当かどうかは未検討)。受給者は、PC と公的個人認証を用いて自分を system に登録するか、または市役所などに端末を用意してそこで電子的に自分を system に登録することで、増額分を受給する権利を得る。これらのお金は、学費や給食費や修学旅行積立金などの支払いの際に支払先を system 上で入力することで、受給者の財布から現金が出ていくことなく国から登録組織・団体へとお金が支払われる。受給した金額はその年度に使い切る必要はなく、ため込むこともできる。ただし、末子が22歳の3月末を迎えたら、残金は国に没収される。

電子手続きを行わない者に対しては、書面による手続きを行う。これにはかなりの手間が発生するので、その分が差額6000円となる (この金額が妥当かどうかは不明)。

こういった主張には、恐らく2つの論点が出されるだろう。1点目は、受給額に差をつけていいのかどうかという点だ。これは、e-tax 利用者への5000円の減税が社会的に受け入れられていることから、極端な差でなければ大丈夫ではないかと思う (また、そのための電子手続き者「増額」であり、決して非電子「減額」ではない)。もう1点は、電子機器操作に慣れていない者への不公平感だが、これは市役所などに来てもらえば操作を教えてもらえるという形でいけるのではないかと思う。もちろん最初のうちは教える側も手間であるが、だんだん慣れてもらえば手間の総量は減る。

私は行政の専門家ではないので、これで本当にうまくいくという太鼓判を押せるほどではないのだが、情報に携わる者としてはこれくらいの省力化と使途限定を押し進めるのがいいのではないかと思う。

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2010年4月 6日

20歳過ぎればただの人

子どもの頃から、母親に「5歳天才、10歳秀才、20歳過ぎればただの人」と言われていた。天才に見える5歳児も、10歳の頃にはせいぜい秀才程度となり、20歳過ぎればただの人になる、と解説された。

そんなわけで、とっくに20歳を過ぎた私は既にただの人だ。自分の持ち場では良い成果を出すようにするが、それ以外のところではその道の経験者・専門家・達人に負けて当然。自分の持ち場で胸を張れれば、あとは負けても構わない。


(予告通り、前回の記事は非公開としました。)

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2010年4月 1日

「間接キス」は積極的に断ろう

mixi で知人が取りあげていた記事「間接キスを断るときのセリフ8パターン」から。

飲み物だけではなく、パスタやデザートなど、思わぬタイミングで、男性から「食べる?」を聞かれ、断りたいと思ったことのある方もいらっしゃるのではないでしょうか。そこで今回、間接キスをしっかりとお断りできるように、「間接キスを断るときのセリフ8パターン」をご紹介させていただきます。

いやいやいやいや、「間接キス」ってのは、気持ち悪いとかそういう話じゃなくて、衛生上の問題がある。虫歯の原因となる菌はどうするのか。相手に虫歯がない保証が、どこにあるのか。

私自身、私が口を付けた食べ物や、私が使った箸などは、息子の口に入らないようになるべく気をつけている (完璧な対処ではなく、あくまでも「なるべく」だが)。熱い食べ物を子どもに与える際にフゥーフゥーと吹き冷ましてやることも、やってはいけないこととされている。ましてや、家族ですらない他人が口を付けたものを食べるなど、相当の覚悟がいるのではないだろうか。

そんなわけで、

「他の人が食べている物をもらうことはマナー違反だと教わっているので結構です。」

をもっと押し進めて、「マナー違反」ではなく衛生上の問題だと主張するのがよいと思う。

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