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2008年12月25日

社長! 本質を分かっていますか?

列車の指定席券、別々に買っても近くの席を取る方法」という記事を読んだ。この記事の著者が主催する seminar に全国各地から参加者があり、東京→信州で同じ特急に乗り合わせるようにしているそうだ。その中にこういう記述があった。

往復の列車の切符は、セミナー参加者各自で取ってもらうことにしている。普通はA社の社長は1号車の6-A席に、B社の社長は5号車の12-B席に、といった具合に、一つの列車の中で席がばらばらになってしまう。セミナー参加者がせっかく仲良くなったのだし、どうせなら近くの席に座って、楽しく移動したいと思うものです。
そこでわたしは、JRの特急列車の座席指定券はどのような仕組みで発券するのかを考えてみました。すると面白いことに気づきました。指定席券は一見ランダムに発券しているようで、実は順番が決まっている。そしてこの順番は、乗客の側で指定することもできる。そこで1カ月前の発売日に「最後に発券する指定席券をください」と言えばいい。

あー、どうして、ここまでたどり着きながら本質にたどり着かないのか。「そしてこの〔座席指定券発売の〕順番は、乗客の側で指定することもできる」ってことは本質じゃない。「座席は、乗客の側で指定することもできる」ってのが本質だ。記事では「『最後に発券する指定席券をください』と言えばいい」などと書いてあるが、そんな面倒なことをしなくても、みんなで同じ座席のあたりを指定するだけでいいのだ。

それに、指定席券の発売順序が決まっているなどという前提は、実は怪しい。この著者の経験からそう推測しているだけで、正しいとは限らない。server が発売順序を定義しており、常に client がそれを参照する (または座席指定を server に任せる) ようになっていればよいが、そうじゃない方が合理的なこともある。どう考えても、座席を指定する方が確実である。

もう1点。

最初に思いついたのが、帰りの切符も我が社の経営サポート事業部が一括して購入するという方法でした。しかしこれは「駄目だ」と判断しました。〔中略〕となると、我が社が人数分の切符を買っておくことはリスクが大きい。事前に希望を聞いたり、キャンセルが出れば払い戻しの作業をしたり、あるいは新たな希望者を募ったりしなくてはならないからです。

なぜ払い戻しをするのか。確実に使いそうな別の券に変更すればよい。「変更可能な『同じ種類のきっぷ』の範囲はどこまでですか。」を読めば、何に変更できるか分かる。細かくは書かないが、費用も手間も極力かけない方法はあるのだ。

この記事の著者はどこかの会社の社長に過ぎないと思うので、鉄道の知識が多くないことは別に悪くはないが、記事として公開するにはちょっとお粗末ではないだろうか。特に、座席指定に関しては、本質から外れている点がどうにも残念だ。(まあしかし、これらの点を除けば、1回150万円の seminar を主催するくらいだから、いろいろ面白い話もできる人なのだろうとは思う。)

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2008年12月23日

後で読もう (23)

後で読みたい URLs。

以下は過去の「後で読もう」。

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2008年12月 2日

『「婚活」時代』に大いに頷く

書籍『「婚活」時代』を読んで、色々と思うところがあった。今回は長文。

どこか、まだ親にパラサイトしているからいいわという余裕を残している女性が、真剣に結婚で食っていこうという女性に太刀打ちできるはずがありません。覚悟も違えば、戦略もありませんでした。(p.31)

これは男性も同じ。大部分の人は覚悟が足りないのではないだろうか。

恋人としてつき合っていても結婚しないという点で、いちばんまずいと思うケースは、男性が一人暮らしで、女性がパラサイト、親がリベラル、というパターンです。(p.55)

7年も付き合っているのに未だに結婚していない、というような話をわりと身近で聞いたことがあるので、これはまずいと思う。私は、結婚するなら付き合って1年以内がよいという考えである。

友人のセンスのいい女性編集者は、「人の選んだインテリアの中には住めない」と言います。最近は、そういうことにうるさい独身男性も増えています。昔のように家のことはすべて妻任せ、ドアノブやティッシュに全部レースのカバーがかかているようなメルヘンな家に平気で住めるような男性は、今もいることはいますが、みんな、とっくに結婚しています。(p.71)

私は全然気にしないタチだ。家の中が全部桃色だろうと気にならない。

「女性経験値」が浅い人ほど、女性に対するビジュアルの要求水準が高いのです。お見合いパーティーの取材をしたとき、興味深い現象を見ました。申し込みのあった人は、最後に受付で男性からのカードを渡されるのですが、若くてきれいな女性、それもわかりやすいエビちゃんタイプの女性に、カードは一極集中していました。これでは、結局、ライバルが多すぎて、チャンスがほとんどありません。(pp.75-76)

経験が浅いからこそ、TV などに影響されているのだと思う。

男性の場合、女性に声をかけられないとなると、それこそ男性の性である、性欲の方はどうなるんだ、その分、風俗が流行っているのかというと、最近は、風俗すらも嫌いな男性も増えているそうです。つまり、声をかけて断られるリスク、自分が傷つくリスクを冒すぐらいなら、性欲なんか犠牲にしてもいい、性欲よりプライドのほうが大事。自分が傷つくことのほうがずっと怖いと考える男性が増えてきているのです。(p.84)

そういう男性は、「自分には元々性欲なんてあまりないんだ」と自分に言い聞かせているのではないだろうか。文化的にも、性欲は公的に否定しやすいものだ (性欲を肯定すると異端視されるため)。でも、性欲は大事なことだと思う。そりゃ、性欲のためだけに結婚したい、などという男性はなかなか結婚できないだろうが、性欲は文化的に抑圧され過ぎだと思う。(そして別な形で開花させ過ぎ…convenience store で子どもの目の高さに成人雑誌が置いてあるのはどうかと思う。)

わたしの友人は36歳で結婚しましたが、相手はコンピュータが大好きな、デートは秋葉原という男性でした。何度かデートを重ねたあと、コンピュータを買うのをつき合ってもらって、それから家に来て設定してもらいました。いい感じになったと思ったときです。なんと彼が「帰る」と言うのです。バス停まで彼を見送りながら、女のわたしがここまでセッティングしているのに、なんて鈍感なんだと、彼女はものすごく怒ってしまって、「もうこれきりだからね」と背を向けました。ここにいたって、ようやく彼は、今何か言わないと二度と彼女に会えなくなってしまうことを悟り、頭をフル回転させ、バス停から去ろうとする彼女の背中に向かって出てきたことばが「結婚してください」。(pp.87-88)

だったら女性から「結婚したい」と言えばいいのに、と思ってしまった。まあしかし、男性も自分の本当の気持ちを普段から表明しておくべきだったのだろう。

次に、コミュニケーション能力の問題ですが、先ほどお話ししたように、これについては、恋愛経験の多い男性と少ない男性の間の格差が広がっています。〔中略〕となると、声のかけ方、誘い方、外見の気にし方などが重要で、これらはいずれも経験値がものを言う。手慣れた人ほどもてるわけです。で、経験のない人は、経験がないことで、ますますもてなくなるのです。〔中略〕たとえば、誕生日のプレゼント一つとってもそうです。男性同士では、お歳暮、お中元でものをあげることはあっても、誕生日のプレゼントなんかしません。でも、女性同士ならやっています。女性たちは、友人は何がほしいのかしらとか、どういうのが似合うのかということを子どものころからやっているわけで、それで、自然に身についていきます。でも、男性は、女性とつき合って、「あれがほしかったのに」「こうしてほしかったのに」と言われ、失敗するなかで身につけていくしかないわけです。(pp.105-106)

これについては後日書く予定。

私の知り合いは、38歳のときにバイクを買おうと思って、バイクのことをネットで調べました。ちょうど買いたいと思っていたバイクのことだけを書いた愛好家のサイトがあったので、そこに出入りしだしたそうです。結局、そこのオフ会で知り合った人と結婚しhました。やはり女性は男の人の多いところ、男性は女性の多いところが狙い目です。(p.144)

みんなもっと異性的趣味を持つとよいのだろう。

「結婚で何が大事か。それは年齢です。40過ぎたらもうできません。このまま独居老人になるのかどうか、今決めてください」(p.155)

すごく強烈な言い方だが、でも意識して選択する (覚悟する) ことが大事だ。

〔お見合いパーティみたいな場所には〕今回自分に OK を出す女の人が何人いるかを知る、そのトレーニングのために行けと。そして、ゼロだったとき、「今回は合う人がいなかった」と思うのではなくて、自分に丸をつけてくれる人がいなかったことを受け止めるべきだと。次は、1人でも自分に丸をつけてくれるようにトレーニングしようと思うようにと、指導しています。(p.161)

自分の改善すべき点を探し出す、という態度が心地よい。

一方、4、50代の初婚男性は、経済力さえあれば、まだまだ自分も若い女の子と結婚できると思っています。〔中略〕阿部寛が43歳で15歳年下の女性と結婚した直後に、結婚相談所を経営する女性に会ったら、 「これでまた自分も20代と結婚できると勘違いした40男が出てくるから困るわ。自分はアベちゃんじゃないってことがわからないのよ」と嘆いていました。(p.166)

うーん、でも、所得が5000万円か1億円くらいあったら、可能性はそれなりにありそうな気がする。

そして、いつも疑問に思っていることがあります。それは、少子化の直接の要因が「未婚化」、つまり、結婚する人の減少にあるのにもかかわらず、少子化対策として打ち出されるものは、子育て支援 (保育所整備や育児休業導入や児童手当) なのです。(p.195)

なるほどと思った。まあ、子育て支援も今は不充分だからもっと拡充してほしいところだ。


こんな話を書く気になった理由は2つ。1つは、大学の後輩の結婚式 (別の後輩による日記あり) に出席してこの手のことを考える機会になったこと。もう1つは、私は昔からしきたりとか伝統とかが嫌いで、見合い結婚についてもあまりいい印象をもっていなかったのだが、見合い結婚が減ったことに伴う少子化についてはちゃんと考えたことがなかったので、せめて自分の周りだけでも結婚につながる縁結びを推し進めたいと思ったため。

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