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2004年9月23日

北海道で2輪車を借りるなら

追加情報。北海道で2輪車を借りるなら、こんな店がある。

私は、今年の8月に北海道に帰省した時に、EAGLE で MARAUDER (マローダ=略奪者の意) を借りて乗った。

American style で 125cc。1日借りて5250円。それまで American style の2輪車は運転したことがなかったので最初のうちは緊張したが、段々と慣れてきた。125cc という排気量はかなり楽しめた。accelerator 全開なんて、750cc ある私の愛車じゃ絶対にできない (そんなにブン回しても私の技能が追いつかない) のだが、125cc なら全開にしても平気だ。というか、上り坂で5速だと、全開にしても 55km/h くらいまで落ちてくる。(それでも市街地走行なら問題はない。3速や4速で引っ張ればいいのだ。)

5人で短い touring に行き、厚田村の夕日の丘に行ってきた。厚田村市街地に入る前、坂道を上って下りに差し掛かった時に海とともに目の前に広がる風景は、何度行っても新鮮な感動を与えてくれる。

上記 MARAUDER を返却した後、同行者の愛車 YZF-R6 をちょっとだけ運転させてもらう。何というか、運転時の前傾姿勢がきつい。torque (トルク) がありすぎるのか、発進時の clutch (クラッチ) 操作が難しくて急発進するところだった。車体は軽いのに馬力がありすぎる。数十分前まで 125cc に乗っていたから、化け物のようにも感じられる。「乗りこなすのは大変だろうなぁ」と思う反面、「自分でもこのテの車両を買って乗りこなしてみたい」とも思った。

そうそう、大学時代の知人は、ついに納車・初乗りとなったようだ。最初のうちはどんなに気をつけても立ちゴケなどしてしまうものだから、早く慣れるといい。

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2004年9月21日

免許取得前に ZZR-400

以前から2輪に興味を持っている、大学時代の知人。私が8月に北海道に帰省した時にその2輪熱を煽ってきたら、その後すぐに自動車学校に入校し、教習をどんどん進め、今日が卒業検定だという。そして、免許を取る前に中古の ZZR-400 を購入契約したらしい。何と行動力があることか。

身長が高い方でもなく体格がいい方でもない女性なので、よく頑張ったと思う。本来なら17時間で終わる教習で、9時間の延長がついたそうだ。まあ、私の妹も同じくらいの身長で延長がつきながらも大型自動2輪の運転免許まで取っているのだから、やればできるということなのだろう。

riders が増えることは嬉しいことだ。もっと2輪の良さが社会的に認知されるとなお嬉しい。

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2004年9月18日

『エンジン屋たちの DNA』

河野浩一と「日産パワートレイン開発本部」取材班著『エンジン屋たちの DNA』(中経出版, 2004年) という本を読んだ。色々面白い話があったので、書き記しておく。

「当時のエンジン部門を見渡したときに、例えば、オーケストラでベートーベンを演奏するとしたら、バイオリンを演奏できるような人はいるのだが、指揮者になれるような人が少なくなってきているような気が、私はしていました。(p.51)

集団が大きくなるとこういう問題がどうしても発生してしまうものなのだろう。理想を言えば、誰でも指揮者をすることができる集団が望ましい。現実には難しいことだが。

そのとき、大城は泣き落としの手に出た。
「私があなたとケンカをして、私が勝てるわけがない。私の生活権はあなたが握っているのですから、ダメだと言われれば引き下がるしかないですね。しかし私は、いま会社がどういう状態になっていて、何をすればいいのかよくわかっているつもりです。それを打破するためにやっているんですが、だいたいお人好しで、お調子者なので、ついつい調子に乗ってやっているんです。
でもわかりました。ダメだというのならやめましょう。でも、みんなには、あなたがやめろと言ったのだとちゃんと言わせてもらいますよ」
するとその役員はこう言った。
「ちょっと待て……わかった。ただし、役員室の真ん前は、いくらなんでもまずいから場所を変えろ」(pp.64-65)

この「でも、みんなには、あなたがやめろと言ったのだとちゃんと言わせてもらいますよ」の部分が実に痛快だ。

日産にはまだまだ人材が残っていたものの、中堅の技術者がいて、その中で次々と人が育っていくからこそ、"技術" という連鎖がつながっていくのです。ところが、経験を積んだ人材が去っていくことで、その鎖も断ち切られてしまう。(p.80)

この鎖の例えは、私の大学院生時代の研究室を思い出させた。大学院生はまさに鎖であり、教員からの指導以外にも院生相互の意見がとても重要な役割を担っていた。

「その当時、現場の人間たちは、製造課であれば材料費のことはあまりとやかく言われないが、とにかく在庫を減らしなさいと上司から言われていました。すると、段取り回数を増やすのです。そこで、品種の切り替えを何回もやる。月に1回の生産に対して、月2回に分けて生産することで在庫を減らすわけです。
しかし、そこに問題がありました。そもそも、扱っているものが貴金属を含む溶液状の材料ですから、品種の切り替えのときには、いろいろな設備を洗浄することになりますが、設備を洗うと、せっかく貴金属が入っている材料を洗い流すことになります。その結果、ロスが出て材料費が高くなるわけです。それにもかかわらず、『在庫を減らすのが製造課の目的だから、そこは譲れない』と現場の人間は主張していました」(p.174)

木を見て森を見ず、の典型的な例だ。

当時はコンピュータのシミュレーション技術がまだ発達していなかった。そのため、試作したエンジンのデータを取っては、出てきたデータをいくつかの要素に分解し、「この数値は全体の結果に対して割り算の関係になっている」「2乗の関係になっている」「これはルートの関係だ」などと関係式をつくることで現象を理解し、開発に反映させていた。「この関係式が原理と合致すると、それまでバラバラだったデータが突然、ある一本の線の上にスッと乗るようになる。そうすると関係がわかるので、次にどんな改善をすればいいかわかるようになるわけです。〔中略〕まるで、数学と四大力学 (熱力学・流体力学・材料力学・機械力学) の授業を毎日受けたようなものでしたね」(pp.195-196)

そう、このように身の回りの事象の量的関係を把握しようとすることこそ、理系教科の教育目標でもあるように思われる。学校教育の中では量的関係のなかでも簡単なものしか扱わないが、明らかにすべき量的関係はまだまだたくさんあるのだ。技術者だけが身につけておけばよい能力、というわけでもない。

うーん、今回は内容が難しくなってしまった…。まあ、自分用の備忘録を兼ねた日記だからこれでもいいだろう。

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2004年9月15日

GRA

2輪 gymkhana (ジムカーナ) の団体である GRA の方々と会って話をした。今まで GRA の練習走行会や大会には1度も参加したことがないのだが、楽しそうな感じを受けた。今車検に出している愛車 (XJ750E) が戻ってきたら、機会を見つけて参加したい。

その帰りに旭屋書店で書籍を物色。閉店となる22時近くまでいて、結局1万円以上購入。買ったからには読まなくては…。その後、自宅近くの GUSTO で午前1時くらいまでねばって1冊読了。

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2004年9月11日

秋葉原巡り

東京出張の空き時間、IRC の #dameTunes 参加者であるかえでともに秋葉原を案内してもらった。

神田明神を拝んだ後は、maid-styled café を3軒回ってきた。

まあ、滞在時間が限られていたことを考えれば、3軒という数字は妥当なところだろう。札幌以外の土地で maid-styled café に行ったのはこれが初めて。こうして何軒か行ってみると、札幌の Café Primevè ってのは実に正統派なんだなぁ、と実感させられる。

この日の様子は、さいくろん光画録 2004年9月9日にも書いて頂いた。感謝!

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2004年9月 6日

長距離の片道乗車券

今日の話は少々 maniac。今日 (2004年9月5日) は地震もあったが、地震の話は他の多くの人も書くだろうから私はやめておく。

JR 難波駅でかなり長距離の片道乗車券を買った。券面は「長島→山科」、経由は「関西・片町線・大阪環・東海・湖西・北陸・信越・羽越・奥羽・東北・八戸・目時・盛岡・東北・東京・東海道線」。これを見て、いったいどこを巡る乗車券なのか思い浮かべることができるだろうか。運賃は24700円、有効期間は14日間。

実はこの乗車券、最初はもう少し高い値段だった。山科で経路が重複するから打ち切りになるはずが、駅員さんが「京都市内」行きとして出してしまったのだ。すかさず「山科で単駅指定にして下さい。24700円になるはずですから。」とお願いした。せっかく山科まででギリギリ24700円に収まるように長島駅発にしたのに、ここで「京都市内」行きにされてしまっては元も子もない。(単駅指定を知らない方は、Google などで調べてほしい。)

このような経路や運賃をするには、「JR 運賃計算システム MARS」が役立つ。最初は使いにくいが、慣れてくると色々面白い使い道が見つかる。鉄道に興味があるなら、1度は触れてみてほしい。

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2004年9月 4日

分籍

先日、東大阪市役所で分籍してきた。分籍なんて、する人は滅多にいないし、そもそも分籍が何なのかを知らない人も多いと思う。

分籍とは、今までの戸籍から抜けて (大抵は自分だけの) 新たな戸籍を作ること。利点はあんまりない。私の場合は、今までなら戸籍謄本・抄本を入手するには札幌市の西区役所で手続きする必要があったけどこれからは東大阪市役所で入手できる、ということが主な利点。

戸籍筆頭者とその配偶者は分籍することができない。そして、1度分籍すると (基本的に) 自分が戸籍筆頭者になってしまう。そのため、(兄弟等で揃って分籍したり、養子縁組をしたり、などの特殊なことをしない限り) 分籍は基本的に一生に1度しかできない。婚姻してしまっても分籍できない (離婚して親の戸籍に戻れば不可能ではないが)。世の中の大部分の人が分籍という制度すら知らずに婚姻してしまって分籍する機会を失う、という点では、小型特殊運転免許に似ている (原付以外の運転免許を1つでも取得してしまうと小型特殊運転免許を取ることはできない)。

分籍のススメという web page には、役所で分籍しようとして苦労した話が載っている。

「分籍したいので、戸籍抄本下さい」と、郷里(山口県)の市役所の窓口へ行くと
「結婚するんですか」と係の人が言う。
「ちがいます。分籍です。戸籍を別に作るんです」
「結婚じゃないんですか」
「ちがいます。婚姻届出すなんて言ってません」
「分籍って何か知ってるの? もう二度と親の戸籍に戻れませんよ」
「いいんです」
〔中略〕
後日譚。私の高校の先輩が、やっぱり分籍しようと思って市役所に電話して戸籍抄本を手に入れようとしたけれど、係の人があんまりわからず屋で、電話代もばかにならないので諦めたと話していた。(ホントは諦めることなんかないんだよ、自分の戸籍のことなんだから)。分籍したいと申し出たとき、スンナリと事が運ぶかどうかでその地域の封建度がわかるような気がするなあ。

この page、私には納得できない点も多々あるのだが、この「その地域の封建度がわかるような気がするなあ」という視点が面白い。その基準から言えば、東大阪市は市役所職員がスンナリ対応してくれたので封建度は低いようだ。(まあ、この職員1人だけでは東大阪市の封建度を充分に測ることはできないのだが。)

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2004年9月 1日

trackback 実験

私が作った「宿題 mail antenna」で捕捉している blogs の中で trackback の話題がでていたので、こっちから trackback をかけてみる。

今日はそれだけ。普通の日記を期待していた方、単なる実験で申し訳ない。

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